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つれないアイツの誘い方。

 今日も雲一つない秋晴れに、控えめな太陽が輝く、過ごしやすい陽気となった。寒いのが苦手な僕としては、もうしばらくしたら冬が来てしまうのが惜しい。それでも、気持ちのいい春を思えば毎年乗り切ってしまうものだ。朝の静謐な空気が心地よい住宅街を、のんびりと歩いている。こんな風に、代わり映えなく過ぎていく時間が、のどかしい。

 そんな僕の、唯一の悩みといえば。
「たろー、おっはよー」
 空に負けず劣らずお天気な、少女の声がかけられた。高く手を挙げて、走り寄ってくる。彼女は僕が子供の頃からの腐れ縁というやつで、この春中学生になった。太郎というのは、少し古めかしいが、僕の名前だ。
「今日もいい天気だねー」
 今日も変わらぬ笑顔で、話しかけてくる。僕は、何も答えず、前へと歩き出した。その隣を、彼女が歩き出す。目線は僕の方が少しだけ、高い。視界の隅で、肩くらいまでの黒髪がさらさらと流れる。制服を着だしたからか、何だか以前より少しだけ大人っぽく見えるようになった。

 僕は、逃げるように足を速める。彼女も、早歩きで僕に合わせて歩いてくる。

 結局、そのまま、学校に到着した。

 何も、彼女のことが嫌いなわけではないのだ。

 けれども、どうしても、俗っぽい言い方をすると、自分の気持ちに素直になれないと言うべきか、ついとそっぽを向いてしまう。

 それでも彼女は毎朝声をかけてくる。いい加減、自分が嫌われていると思いはじめはしないか。それは違う。どうしたらいいだろう。もちろん愛想よくしてやればよいのだが、あいにく僕にはそんな度胸みたいなものはないのだった。

 西の空がオレンジに染まって、外気は冷たさを帯び始めた。僕は、彼女の通学路にいた。待ち伏せ、と言ってもいい。彼女の帰宅時間くらいは、わかっているのだ。

 ほどなくして、彼女は道の向こうから現れた。ちょうどいいことに、一人だ。

 心臓が期待と不安で、高鳴る。へこんだピンポン球みたいに、はね回っている。

 彼女がこっちに気づいて、笑いかけてきた。後ろ手に何かを隠して、走り寄ってくる。待っていることを、知っていたのかもしれない。いつもいつも、僕が朝冷たくしてしまうと、彼女なりに気を遣ってか、準備をしてくるのだった。

 すぐ近くまで来ると、上目遣いに、瞳を覗き込んできた。

 そして、後ろ手に隠していたモノを、取り出した。底抜けに明るい声で、言う。
「じゃーん!」
 目の前に、緑色で、細長い、先端に毛のようなものがふさふさ付いた、モノが投げ出された。

 ねこじゃらし。

 僕はお気に入りの塀から飛び降りると、一気に目線が彼女の足首くらいになった。彼女はしゃがみ込んできて、ブツを目の前にちらつかせる。

 素直にこれを期待しているのだと伝えられたらどれだけいいか。心の中で冷たくしてしまったことを謝る。それから、茜の空の下で、無邪気な少女の微笑みに見守られながら、心ゆくまで一緒に遊んだ。

/了 『つれない子猫の誘い方。』

→ 無邪気な人の呪い方。

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