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つたない言葉のつむぎ方。2

 吐いた息が白く濁って、風にさらわれていく。凍て付く夜気はナイフのように鋭くて、吹き付けるたびに耳がちぎれそうだ。見回せば人混みと、入り乱れたイルミネーション。原色がごっちゃになったそれは、表現したいものがもはや形を失って、印象派の絵画を間近で見たような光景だ。夜だというのに、華やかさは昼のそれを凌いでいる。

 聖夜の持つ魔力というものなのだろう。人はロマンチックなんて呼ぶ。今日はクリスマスの前日とかいう日だった。もう一度よく見てみると、行き交う人々は大方男女の二人組。つまり、カップルである。
「面白くねえ」
「私もです」
 かくいう俺も女と二人で歩いているが、ロマンとはおよそかけ離れた空気を纏っている。完全に周囲の雰囲気からは切り離されていた。右手にケーキの箱、左手に別の買い物袋をさげて、早足に近い勢いでずかずかと並んで行進する。

 俺の左隣を歩く少女は夜気よりも更に冷たい。まっすぐな銀髪を腰まで伸ばした、雰囲気だけなら幽霊か何かのような奴だ。ワインレッドのコートが小柄な彼女には大きくてだぼだぼに見える。白い手袋が暖かそうだ。

 冷たいというのは、今もこうして、
「こんな日に先生と二人とは。私もつくづく不幸者です」
 ズバリと本音を言ってくれる辺り。氷でできたナイフである。

「うるさいわっ。誘ったのはお前だろうが」
 俺はいわゆる物書きで、彼女はアシスタント。そんな何でもない関係の俺たちが、いちゃつくバカップル共の中をこうしていらつきながら歩いているのは、ひとえに彼女が原因だ。

 数時間前。
『先生、今日はイブです。クリスマスと言えばケーキです。私はやっぱりクリスマスにはブッシュドノエルだと思うのですが』
『お前の嗜好なんか知るかっ! 買ってこいってか!?』
 彼女は表情一つ変えず、情け容赦を微塵も感じさせない調子で言った。
『安い給料で働いているのです。それくらいは』
『うぐ、それを言うか……』
『といっても選ぶセンスなんてないでしょうから、私もついて行ってあげます。ほら、おあいこですね』
『どこがだあーっ!』

 ……思い出すなり腹が立つ。貧乏がたたってほぼ彼女に財布のひもを握られて以来、彼女に逆らうことは路上に放り出されることを意味するのだ。

 今し方買ってきたケーキは、要望通りショコラのブッシュドノエル(ベリー付き)。小さいくせにやたら高かった。それだけでなく結局彼女の買い物に付き合わされ、両手が塞がっている。手袋をしていないので、冷たいを通り越して、痛い。
「あー、寒い。お前持てよ。手袋してんだから」
「嫌です。荷物持ちは男だと相場が決まっています」
 世間はお祭り騒ぎに浮かれているのだ。それを題材に話を書くのも悪くない。しかし、今の気分ではあまあまな恋愛物など苛立ちの原因にしかならない。今年はクリスマスの話なんか書いてやるもんか。
「それは羨望ですね。格好悪い」
「……いつから心が読めるようになった?」
「さっきからブツブツ独り言が聞こえていたので」

 はあ、と大げさにため息をついた。やっぱり白く凍り付いて、闇の中に霧散していく。喧噪もイルミネーションもうっとうしく思えてきた。いい加減、手が霜焼けになりそうだ。俺の様子を見てか、彼女がやれやれ、という調子で言った。
「仕方ありませんね。片方貸してください」
「おお、助かる。お前にしてはいい心がけだ」
「ケーキの取り分は六対四ということで」
「……構わん。頼んだ」
 ケーキを渡すと、彼女は右手の手袋を取って、俺によこした。そこまでしてくれるとは思わなかったので意外だったが、それを右手に着けて、もう片方の袋を右手に持ち替える。

 空いた左手をポケットに入れようとした、その時、彼女の露わになった右手が俺の左手をさらった。そして、そのまま自分のコートのポケットに俺の手ごと乱暴にねじ込んだ。
「これで暖かいです」
 彼女の言うとおり、繋いだ手からぬくもりが伝わってくる。体も接近し、彼女の肩が触れた。

 俺は彼女にかける言葉を探し、言った。

「お前頭いいな。よし、ケーキは65パーセントくれてやる」
「……」
 途端、繋いだ手に万力のような力が込められた。痛みに跳び上がりそうになって、涙目になっているのを自覚する。
「いってえぇ! つめ! 爪立てやがったな!?」
「大バカ」

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